時限爆弾。

意味をもつ言葉が苦手になってきました

心がひかれること。 気に入ること。 また、そのさま。

 

 

初めて書く記事が、こんな記事になるのはどうかと思うけど。どうせいつかは消える名もなきブログ、もう何を書いてもいいんだけどさ。そういえばこんなブログを構えていたなと不意に思い出して。きっと誰かが読んでくれると信じて、筆を握りました。じゃあ今日は、私が誰かに恋をし続けている話でもしようか。

あなたが人間の感情の中で、一番興味深いと思ってる感情はなに?私は、恋愛感情だね。恋。愛。どちらかと言えば、恋?まあ、恋と愛の違いを話すだけで、きっと太陽は私の周りを3周くらいするんだろうけどさ。もっと簡単に言えば、好意だよね。「好き」っていう気持ち。これが一番気になる。なんで、人は誰かを好きになったり、嫌いになったり、恋をしたり、愛したりするんだろうね。でも嫌いになるってわかる、きっと嫌なことされたんだろうなって。動物に備わった防衛反応みたいなもので、自分がこれ以上不快にならないように、嫌いという感情を以ってして遠ざけるんでしょ。きっとこれはある意味で本能的な感情。じゃあ、好きってなんだろうね。さっきの本能を使って答えるなら、一緒にいて心地いいから積極的に関わっていくのか?生物的な本能で言うなら、子孫繁栄のため?それなら簡単だし、納得できる。子孫繁栄のためだと思ってる節はあった。どんなにロマンチックに、恭しく、美しく、まるで神秘的かのように飾り付けたって、結局それは人類の子孫を残していくための付随行為に過ぎなくて、最終目的を達成するための道理じゃんって。セックスが気持ちいいのは、子孫を残すためって聞いたことある。真偽は知らないけど、すごく納得だと思う。性欲って人間の三大欲求だし、あることに疑問を持っちゃいけない感情ではあるじゃん、そもそも。でも最近になって、なんか、ちょっと違うんじゃないかって思ってきた。詳しくないから薄目で読んで欲しいんだけど、最近はさ、性欲を持たない人間がいるらしい。性的行為に拒否反応がある人がいるらしい。もっと言えば、必ずしも男女じゃなくて良いらしくて。こうなってくると、私の今までの仮説が覆ってくる。本能じゃないじゃん。悲しいけど、今の人類だとさ、男女がいないと子孫は作れないから。(アダムとイブが同性だったら、もしくは無性別だったら話は変わったのかな?夢見すぎ?)だからきっと、子孫を残すことと恋愛感情ってイコールじゃないんだよ。人を好きになる気持ちって本能じゃないのかも。だって中には、誰にも恋をしない人もいるんでしょう。更に言えば、複数の人に恋をする人もいてさ。やっぱ気になるよね?恋愛感情。「好きって思ったらそれが恋っしょワラ」ってギャルの声が聞こえてくるけど、気になるものは気になるし、気になってしまったら考えずにはいられないし、考えてしまったなら文字に起こさずにはいられない変態がいるみたいなんだよね。

で、例に漏れず私は、これまでの人生常に誰かに恋をしてたんだよね。思い出せる限り、一日の狂いもなく、ずっと。思い返せば、小学生の時好きだったリョウくんは、きっと憧れの類で恋ではなかったかも、なんて思ったけど、その時の私が恋だと思ったからそれは恋なんだよ。バレンタインデーにチョコを作って、袋の中にラブレター入れて渡したあれは、恋だったんだなあ。恥ずかしいくらい純粋で、真っ直ぐで、そこになんの邪念もなくて、付き合うとかそんな概念も曖昧だった小学生の私が、手紙に下手くそな字で綴った「すき」にはどんな意味があったんだろうね。友達という関係だと物足りないって思ってしまうほどの「すき」ってなんだろう。私は常々思うんだけど、友達っていう関係にはよっぽどのことがない限り終わりはこない。いつか疎遠になってしまうことはあっても、きっと友達じゃなくなる日っていうのは、大喧嘩した日の夜以外は特定されないと思う。でも恋人関係の終わりは明確でしょう。なぜなら始まりが明確だから。始まりがあるものには必ず終わりが来るし、曖昧なままでいれないのが恋人関係だと思ってて。ただ好きで一緒にいたいだけなら、友達という関係がベストであるはずなのに。居心地がいいだけなら、友達がベストなのに。それでも高鳴る心臓もそのままに、誰にも見せないような熱っぽい視線で相手のことを見つめてしまうのはなぜだろうね。そんなことをしたら、その人と一緒にいれなくなっちゃうよ。ちなみに私はこの感情のせいでひとり友達を失ってるから。あの日あの時、勇気を出してしまった愚かな思春期の私へ。馬鹿なことをしたね、今でも後悔してるけど、良い経験だったとは思うんだ。高リスクなのにも関わらず、相手に思いを告げてしまうその愚かさに、恋心の全てが詰まっているような気もしてさ。恋をすると馬鹿になる、馬鹿になるように脳内分泌が作用している、って、まあこれも又聞きでしかないんだけど。らしいじゃん?きっとみんながみんな楽しい思い出ばかりじゃないのに、なんで悲しい思いをしてまでまた人を好きになろうって思うんだろうね。いや、好きになろうっていうか、なっちゃうんだよね。個性を十人十色、良いも悪いもひっくるめて、何十億という人間の中からたったひとりに(もしくは数名に?)恋心という名前のついた特別な感情を抱くのはどうしてだろうね。はたまた、恋心じゃなくていいっていうなら、きっとあなたはこれまで何人を好きになってきた?私は数えられないよ。誰にも渡したくないのに、どうか私の関係ないところで幸せに暮らしてほしいって同時に願うような。ここに居て欲しいけど、自由に生きて欲しいと願うような。そんな矛盾した感情に恋と名付ける?いや、これも微妙だな。恋なんて誰がつけたのかな。初めて恋をした人は。この感情をきっと病と思っただろうに。胸が苦しい、なんて嘘みたいな誇張表現だと思ってたけど、本当にそうじゃない?自分が関与できない思考を手に入れたいと願ってしまうのは愚かで恐ろしいことなのに、本気で願ってしまうよね。

ここまで散々語ってきたけど、きっとこれに答えはなくて。名前なんて結局仮名にすぎないんだよね。恋なんて適当に付けた名前のひとつで、これが例えば星とか、とうもろこしとか、違う名前の世界線でも人間は人に恋して、苦しんで、幸せになるんだよ。夢を見すぎてるかな。なんだろうね、不思議な魅力がある。所構わず、誰彼好きになる人のことを恋に恋してるなんていうけど、私は本当にそうかも。道理とか、根源がわからない感情にひどく惹かれてるんだよなあ。

もちろん今も、私は誰かに恋をしていて。私は見た目を知らなかったり、本名を知らなかったり、そもそも関わったことがなかったり、そんな相手にたやすく恋をする。恋に落ちるポイントは、ひどく限定的で、驚くほどに衝撃的。落雷とかじゃなくてさ。なんか、なんだろ、じわじわとさ、探索したくなるような、好奇心をずっとくすぐり続けられるっていうか、それ。私の場合はそれが恋です。なんだろう、この人はなんでこんなこと考えるんだろう、なんでこんなことしてるんだろう、って考え続けることが恋です。きっとこれは、十人十色あると思ってて。人が何をもってして恋っていうのか、それを聞いてまわって、死にたいかも。何かひとつ願いが叶うなら、全人類の恋の定義を知りたい。

また少し、自分の話に戻すけど。理解ができない人が死ぬほど好き。似ている人とさ、一緒にいると心地いいし、きっと人は少なからず自分と似ている人を好きになるんだろうけどさ。でもなんか、どうせ一緒にいるなら、私の人生では味わえないことをたくさん知りたい。一つの人生で、たくさんの人生を味わいたい。なぜなら欲張りなので。だから人の話を聞きたいし、それを使ってもう一度自分の人生で培った考えを改めたい。それが恋、恋だなあ。私はかつて異性にしか恋心ってものを抱いていないと自覚しているんだけど、でも気持ち的には人間なら誰でも対象で。ていうか、性別も何も私が恋するものが「思考」で、思考が備わってるっていうのが人間だから対象が人間ってことで、ねえ。じゃあそのうちAIにも恋すんの?とも思うけど、あいつらに感情はないじゃん。感情が付随して初めて思考でしょ、そう思わない?理解できない思考に、それを表出する感情、全てが完璧に揃って初めて対象になるわけだから。え、でもどうなんだろ、人間と同じように発達したAIにまだ出会ったことないから決めつけは良くないね。何事もチャレンジだし。いつも思うんだけど、私って好きのストライクゾーンは広いくせに、傍に置いておきたい人間はすごく厳選したいタイプで、取捨選択がひどい。好きな人にはきっと世界で一番優しくできる自信があるけど、好きじゃない人に対しては情すらないからさ、もうなんか、いーらねってなっちゃうんだ。後悔したことないし。まあ友達がいない現状はちょっと寂しいけど、好きな人さえいればいいしな。誰にでも優しくしてあげるからこそ、そばに置くのは好きな人がいい。わがままを許して。ていうか、欲を言うなら好きな人たくさん欲しくないですか?でも、好きな人が私を好きでいてくれるなら私だけ好いていてください。自信がないので。一夫多妻制度、めちゃくちゃわかるんですよね。だって好きな人、これからの人生で何人出てくると思う?ひとりに絞るとかもったいなくね?とか軽ノリなんだけど、でもそれじゃ不公平だから多夫多妻が妥当なんだろうけど、夜ご飯誘った時に「ごめ、今日は第三夫人とこいるわ」って返ってきたら多分病むよね、なーーにが第三だよ、第一の私を差し置いてる時点で第三じゃねーだろうが!って思っちゃいそうだし。えーでも待って、それはそれで楽しそう。好きな人のことを考えて苦しみたいでお馴染み私、その世界線世界線で楽しそう。だって好きな人が増えても別れる必要ないし、増えてくだけなんだから最高じゃない?それこそ始まりはあれど、終わりはないんだからさ。えー、最高じゃん。10本の指全部に指輪つけたくなーい?つけたいかも。

ごめん、また空想の世界の話に飛んで行きました。パラレルワールドに憧れを持ちすぎてる民なんだよね、許してね。パラレルワールドといえば、こういった話を喜んで一緒にしてくれる人がいまして。出会ったのは高校一年生の時、そこから今の今までずっと片想いしてるんですよね。間違いなくその人は私の好きな人ではあるんですけど、いわゆる付き合いたいとかはなくて。でも私のものになって欲しいと願ってます。いや、なってほしくなくて、私のものになったらいいなあって願い続けるものっていうかさ。わかる?神様なんだよね、ある意味で。私のものに絶対ならないけど、できれば私のことだけ見てて欲しいって願う感じの。そういう好きな人なんですけども。あとは、まあ本当にびっくりするくらいワンクールごとに変わるんですけど。これを読んでるあなたたちのことも...、いや、好きな人ではないな。あなたたちはそのカテゴリーじゃないや。てなるとやっぱり恋愛感情と友情って別なんじゃない?ってなるんですよ。不思議ですね。恋愛感情と友情、優先順位をつけるなら間違いなく恋愛感情の方が上なんですよね、私は。なんでかって、恋愛感情を抱いている相手はいつ私の気持ちが終わるかわからないし、その時その時の私の気持ちの揺れ動きを私が感じていたいから。でもあなたたちとはもう永遠でしょ。終わりがないんだから。死ぬほど大切に思ってるけどね。終わらないからこその信頼であってさ。よく恋人は世界でひとりしかいないからって言うけど、そもそもあなたたちだって世界でひとりしかいないわけで。だから大事だよ。大事だけど、まあ恋愛感情を抱いている私を見るのが好きなんだ。ごめんね、自己愛の塊で。いや自己愛じゃないんだよな、自分のことを解明したいだけで。解明したい相手がいるだけで。こんなこと、これを読んでるあなたたちには今更説明なんてしなくたってわかってくれてると思うけどさ。ただ気になるな、あなたたちが人に恋をした時、どんな感情を抱いて、相手に何を思って、世界が何色に変わるのか。教えてくれるかな?教えてくれないだろうな。なぜか私は秘密主義者と仲良くする癖があって、お互い常に誰にも触れさせないものを持ったまま生きてて、そこをお互い大事にできるからこそ、こんなにも心地よくて。ね、だからもしかしたら教えてくれないかもしれないし、それはそれであなたたちのことを尊重するから、どうか気分が乗ったら感情だけは教えてくれると嬉しいな。

 

ブログは良くないな。終わりが見えないから。きっとこのまま、私は一生書き続けるけど、このまま書いてたらこの文章が日の目を浴びることは無くなってしまいそうだからさ。そろそろ終わりにするよ。もし読んでくれてたならありがとう。つまらない文章でごめんね。また書くよ。おやすみ。